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スペシャルギャラリー
父の背中を見て、同じ道へ
長嶺さん親子が語る、リハビリテーション部の魅力と地域医療への想い
親子職員の紹介
実は親子で働いているスタッフが多い当院。今回はその中でも、リハビリテーション部で互いに理学療法士として勤める長嶺親子にインタビュー。
開院間もない頃に入職し、現在はリハビリテーション部の部長を務める父と、その背中を見て同じ仕事を志した息子に、当院とその仕事の魅力について語ってもらいました。
親子対談
\ 父 /
総合リハビリテーション部 部長 / 1994年入職
\ 息子 /
総合リハビリテーション部 理学療法士 / 2013年入職
父は大阪からのUターン転職で入職
私が当院に入職したのは、開業の2年目です。それまでは大阪の大学病院で約10年働いており、充実した日々を送っていました。そんな中、薩摩川内市に帰省すると、知り合いから「市民病院が開業したばかりで人手が足りていないそうだから、一度話を聞きに行ってほしい」と頼まれたのです。
そこで訪問したところ、職員の方から、病院の設立理念の一つに「リハビリテーションの充実」を掲げていること。一方で開院したばかりで、理学療法士が全く足りていないこと。この設立理念の実現のため、ぜひ力を貸してほしいと強くお誘いいただきました。
最初はお断りしたのですが、翌年父が定年退職ということもあり、両親の老後のことを真剣に考えるうち、薩摩川内市にUターンすることを本格的に検討するようになりました。そして、当時、働きながら通っていた大学を卒業したタイミングで、当院に入職することを決意したのです。それ以来、30年以上当院に勤めており、現在は総合リハビリテーション部の部長を担っています。
うちの家は父が理学療法士で、母が看護師です。「好きな場所で好きなことをしたらいいけれど、何かしらの資格を取得するのが条件」という教育方針だったので、まずは自分も理学療法士になってみようと、熊本の大学に進学しました。
県外での就職も考えたのですが、両親からの「できれば帰ってきてほしい」という希望があったのと、父から当院の働きやすさや魅力を聞いていたこともあり、新卒で当院に入職しました。
初期メンバーの父が語る、街の魅力と当院の魅力
私が入職した当初、リハビリテーション室スタッフはたったの5名でした。とにかく人を増やすべく、自ら率先して就職説明会に参加したり、全国の学校から実習生を受け入れたりする形で、当院と薩摩川内市の魅力を伝えてきました。
当市は鹿児島市と隣接していることもあって、学生から見落とされがちだったり、実態以上に田舎だと思われたりしがちな傾向があります。実はそうではなく、都市部と田舎が程よく融合した暮らしやすい街であり、九州新幹線が停車する川内駅があったり、高速道路による鹿児島市や福岡方面へのアクセスも良好だったりと、便利で活気のある街です。
こうした活動の成果もあって、現在では56名(令和6年3月31日現在)のリハビリテーションスタッフを有する、県内有数の施設にまで成長を遂げました。
そして当院の一番の魅力は、挑戦できる仕事の幅広さです。これは、市民病院であるが故の特長ですね。市民の健康とウェルビーイングをサポートするための、公的な役割を担っています。
例えば、子どものリハビリです。私が入職した当初は、市内に障害を持ったお子さんのリハビリができる施設がありませんでした。そんな中、市内の保健師さんのお声がけで、小児科医や保育士、療育の先生方を集めて勉強会が始まりました。そこで様々なディスカッションを行い、そこでまとめた意見をもとに市にかけあっていただいたところ、予算が通って、市内の療育施設に指導に伺えることになりました。
他にも、その勉強会で出会った保健師さんからの相談をきっかけに、寝たきりの患者さんの自宅に訪問リハビリに通うようにもなりました。医療ドラマの原作の舞台にもなった離島の甑島(こしきしま)にも通いましたよ。当院がこうした院外での活動を応援してくれたのは、とてもありがたかったです。市、地域の福祉施設や専門職の方とうまく連携することで、病院の内外関わらず、地域医療を担う存在として、幅広い患者さんのお役に立てる点は、当院の大きな魅力です。
災害リハビリを通した、災害関連死の防止にも注力
それは私自身も実感しています。地域医療支援病院なので、様々な症状の患者さんのリハビリを通してスキルと経験を身に付けることができるのはもちろん、急性期から回復期に移行された患者さんのリハビリも行っているので、退院後の姿をイメージしながら入院期のケアを行うことができ、広い視点を養うことができているとも感じています。また、院外では心臓リハビリや災害リハビリなど、他の病院では行っていない領域にも挑戦することができます。心臓リハビリに関しては、ちょうど当院内でのプロジェクト立ち上げから携わることができています。
災害リハビリに関しては、私もJRAT(一般社団法人日本災害リハビリテーション支援協会)設立直後から携わっていました。というのも私が入職したのが、平成5年8月豪雨と阪神淡路大震災とのちょうど狭間だったんです。私自身はどちらの被害にも合わずに済んだわけですが、被災した人々の役に立ちたいという想いがあり、プロジェクトに手を挙げて、鹿児島JRATの中心メンバーとして長年組織作りに携わってきました。
しかし私も60代半ばに差し掛かり、だんだんと体力的にも厳しくなってきたため、息子に声がけしてみたところ、興味を持ってくれました。現在は勉強会に参加してもらうなど、一メンバーとして動いてくれています。周囲のメンバーもだんだんと年齢を重ねてきているので、ちょうど今、世代交代の時期に差し掛かっているタイミングです。
災害リハビリは、長く続く避難生活による血栓症などが引き起こす災害関連死を防ぐためにも、非常に重要な取り組みです。私も熊本地震の際、被災した学生時代の友人の声を聞き、何かできることはないかと思っていたので、父からの話があったときに、すぐに参加を決めました。私と同じように興味を持ってくださる方がいれば、ぜひご一緒できたらうれしいです。
世代交代を見据えつつ、これからも地域医療のために
前述したように、今ではスタッフも増え、設立当初の理念「リハビリテーションの充実」を実現できる組織となり、非常に働きやすい環境になったと思います。そして息子含め、若手の成長も頼もしく感じています。
もちろん息子だからといってひいきしたり、特別扱いしたりするようなことは全くありません。しかし直接指導し、それを受けて実践しようと前向きに努力している息子の姿を間近で見ることができるのは、やはりうれしいですね。ちょっと他の人には頼みにくいことを気軽に頼めるのも、助かります(笑)。
今後も院内外で様々な経験を積みつつ、患者さんの健康と幸せにつながるリハビリテーションを行っていけるよう、まい進したいと思います。また、先ほど父からもあったように、リハビリテーション部はちょうど世代交代を迎えつつあります。今後の部全体を担っていける存在になれるよう、マネジメントや後進の育成も意識しつつ、これからも地域医療のために尽くしていきたいです。
川内市医師会立市民病院 リハビリテーション部の魅力
5名から56名へ県内有数の規模
開院当初5名だったスタッフが、現在では56名の大組織に。県内有数のリハビリテーション施設として、多様な経験を積める環境です。
挑戦できる仕事の幅広さ
市民病院として公的な役割を担い、小児リハビリ、訪問リハビリ、離島医療など、幅広い領域に挑戦できます。
薩摩川内市の暮らしやすさ
九州新幹線停車駅、高速道路アクセス良好。都市部と田舎が程よく融合した、便利で活気のある街です。
地域連携で患者さんをサポート
市、福祉施設、専門職と連携し、病院内外を問わず地域医療を担う存在として、幅広い患者さんのお役に立てます。
災害リハビリという使命
災害関連死を防ぐための災害リハビリに注力。心臓リハビリなど、他院では行っていない領域にも挑戦できます。
世代交代で新しい風を
ちょうど世代交代の時期。若手の成長を応援し、次世代のリーダー育成にも力を入れています。
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